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沈黙は金、雄弁は銀、行動はダイヤモンド

うはー。
気付くともう深夜だ(むしろ早朝!)。

昨日は朝、仕事に出かける前に
ブログを書いていました。

書いていました、が

心にあるものを表現しようと
タイプを進めれば進めるほど

まとまりがつかなくなる。

そんな時は
ツイッター、一言で
まとめたくもなる。

まとめられる
その力があれば
いいのだけど

そんなのは
考えれば考えるほど
無理だと分かるから
途方に暮れる。

そんな中タイムアップ。

記事を途中で放り出し
仕事に行きました。


昨日は東日本大震災から
1年たった、3・11だった。

皆が安らかであることを
祈るばかり。

上記、そのままの葛藤をつづる。

(その後、見事に気持ちを
代弁してくれていた記事を見つけたので
読んでもらいたいです⇒おちまさとブログ
「東日本大震災は現在進行形である」


下記は今日の出来事。

今朝、ボーイスカウトの方々が
駅付近、大声で募金活動をしていた。

その20メートル隣では
復興支援基金という箱を持って
わらわら立っている人達が
一見適当な感じの募金活動をしていた。

両者の違いに違和感をひどく感じたし
その募金がどのように使われていくのか
ひどく気になった。

その先を確かめる術を持たないし
そうまでして、両者のことを調べたいとも
信じたいとも思わなかったので、募金はしなかった。


震災直後、その感情を抑えきれなくて
がむしゃらに突っ込んだのは、コンビニの基金箱。

あのお金が今頃誰の
役に立ったのかは
まったくわからないし

本当に使われたのかすら
知らない。


ただ、僕は誰がなんといおうと
そのことに恐怖を感じる。

「何かをした」ことで結果を確認せず、出来ず
ことを終えようとする、その思考の流れに恐怖を感じる。

もちろん結果を確認できることなんて
稀かもしれない。

結果を最初から求めて
行動することだって、下衆かもしれない。

だが、僕は怖い。

「復興支援?
私、寄付してるよ?(それで何か問題あるの!?)」

的な思考が怖い。

それは例えるなら
問題には直接手を触れない
「現場と会議室」ぐらいの
差の開きがあるように感じられる。

さらにはその考えが広く蔓延して
常識になるのが怖い。

そういう風潮を感じるから
なおさら怖い。

かといって、しなくていいのか?
という話でも、もちろんない。

その人にとってのタイミングがある
という話だ。

だから僕はそれ以降
寄付をしていない。

目の前に他に
やるべきことがあると判断した為だ。


もし次に行動を起こす時には
・自分で集めて現地へ持っていくか
・現地に住んでる友人、もしくは関東から行って
直接物資、寄付金支援してきた兄か、友人に託すか
・江頭2:50、エガちゃんに託すか

この3つの中から、どれかをしようと決めている。

エガちゃんはネタでもなんでもなくて 
彼は信じるに足る人間だ。

むしろ僕が、彼のような人を
信じたい、と思っているのでしょう。

でもこれも、人によっては
「街頭で募金することより
ありえないことでしょ!?」と
つっこみが入るのかもしれない、とも思う。


結局、信じたい世界を
個々人が選んで
それを生き抜くって話に
まとまるのかもしれないけど

どのルートを進むにせよ
行動がないと何も世界は変わりません。


一つ一つの行動を大切にして
明日へ繋いでいきたいものですね。


今日の〆は
この言葉で。

「沈黙は金、雄弁は銀、行動はダイヤモンド」

[ 2012/03/12 04:53 ] 日記 | TB(-) | CM(0)
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